第7の時代 第2書第10章 アーディル・シャーによる反撃を見越したコンカン撤退命令

総督フランシスコ・バレットがメアレカン敗走の報を受け、イダルカンの将軍たちの来襲を知り、ドン・フェルナンド・デ・モンロイとドン・アントン・デ・ノローニャに撤退を命じたことについて


総督フランシスコ・バレットは、メアレカン軍が敗走し、イダルカンが大軍を派遣してポルトガル側の占領したポンダ、クラレなどの要塞を奪回しようとしているとの報を受けた。危険を避けるため、評議の結果、コンカンで確保していたタナダリアや要塞を放棄し、そこにいる指揮官たちを撤収させる決定が下された。まずドン・フェルナンド・デ・モンロイに撤退命令が送られ、彼は兵と荷を整えて慎重に退却し、敵の追撃を受けることなくゴアへ戻った。同様にクラレにいたドン・アントン・デ・ノローニャにも撤退命令が届いたが、彼は防備が整っているとして抵抗を望んだ。しかし総督の厳命により退却を決断し、軍を整えて撤退した。彼はこの命令を大いに残念に思い、戦わずして要塞を捨てることを不名誉と感じていたが、命令に従い、途中でバンダなどの拠点の兵を収容しつつバルデスへ退いた。そこでは総督自身が援軍を率いて待ち受けており、両軍は合流してゴアへ戻った。ノローニャは撤退を悔やんだが、総督は彼の行動を称えて責任は自分にあると述べた。


#Goa, #Concan, #Pondá, #Curale, #Bandá, #Bardés

 

このブログの人気の投稿

Decadas da Asia デジタルアーカイブ電子書籍について

ディオゴ・ド・コウトとは?

第4の時代 第1書第10章 コチンの政争とエチオピア使節の来訪