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第6の時代 第3書第9章 総督によるディウ支援艦隊の派遣

総督ドン・ジョアン・デ・カストロがディウ救援のため出航し、バサインからドン・マノエル・デ・リマをカンバヤ湾へ派遣して戦わせたこと、さらに 1546 年に王国から来たロウレンソ・ピレス・デ・タヴォラの艦隊がコーチンに到着し、彼が救援のためディウへ向かったこと。 ディウ要塞救援を決意した総督ジョアン・デ・カストロは、ゴアで大規模な遠征準備を進め、兵の訓練や艦隊の整備を急いだ。カナノールとコーチンからの援軍と補給が到着すると、総督は艦隊を率いて出航し、まずバサインでさらなる戦力の集結を待った。その間、ドン・マノエル・デ・リマに軽快な船団を与え、カンバヤ湾で敵の補給船を襲撃させた。リマはダマン沿岸からスーラト河口に至るまで補給船団を捕獲・破壊し、港町や集落を襲撃して多くの物資を焼き払い、住民を捕虜とするなど激しい破壊を行った。これにより周辺地域やアフマダーバードの宮廷にまで恐怖が広がり、敵軍の補給は深刻な打撃を受けた。一方、ポルトガル本国から来たロウレンソ・ピレス・デ・タヴォラはコーチン到着後すぐディウへ向かい、要塞へ入城して守備隊を鼓舞した。総督はその後艦隊を集結させ、 11 月初めにディウへ向けて進軍した。 #Dio, #Baçaim, #Goa, #Cananor, #Cochim, #Cambaya, #Damão, #Surrate, #Amadabá, #Dabul, #IlhaDeS.Lourenço, #IlhaDosMortos

第6の時代 第1書第2章 ポルトガル領インドと周辺勢力の関係

  「コージェ・コファルが総督を訪問させた偽装工作について、またカナノール王との間に結ばれた和平、およびメアルカンをめぐり総督とイダルシャーの間で交わされた使節について。」 コージェ・コファルは、ソルタン・マフムードと結んで翌年五月にディーウ要塞を包囲する計画を密かに進めつつ、欺瞞によって情勢を探った。ディーウの隊長ドン・ジョアン・マスカレニャスに使節を送り、城壁修復問題を口実に和平確認を装う。同時に総督ドン・ジョアン・デ・カストロにも贈物と使者を送り友好を装ったが、城壁再建要求は拒まれたため、包囲準備を急がせた。さらにイダルシャーはメアルカンの処遇やサルセテ、バルデスの帰属を巡って圧力をかけ、使節ジョアン・フェルナンデスを拘束するなど緊張が続いた。一方コージェ・セマサディンは王書と贈答を携え和平仲介に努め、カナノール王との関係は一定の修復を見た。総督はその後もバサインやシャウルなどに人事を行い、統治体制の整備を進めた。 #Dio, #India, #Turquia, #Méca, #Goa, #Malaca, #Maluco, #Salfete, #Bardes, #Portugal, #Cananor, #Reino, #Baçaim, #Chaul

第4の時代 第4書第5章 ドン・ジョアン・デ・サの勝利とオルムズ政変

 第4の時代 第4書第5章 【 4-4-5 】その総督がコチンに滞在していた間に対応した様々なこと。外洋へ派遣した艦隊について、ドン・ジョアン・デ・サ がカリカットの一艦隊に対して挙げた大勝利について。クリストヴァン・デ・メンドンサ がオルムズ要塞に入城した次第、そして宰相ラス・ハムデ〔ラーイス・ムハンマド〕 の死について。 【 Summary 】 コーチンに滞在した総督は複数の艦隊を次々と派遣し、カナノール・マラッカ・モルッカ・オルムズなど各地の情勢に対応した。マラバル方面にはドン・ジョアン・デ・エッサを送り、彼はマンガロールを焼討ちした後、カリカットの艦隊(司令官チナコティアレ)と交戦し、数で大劣勢ながら砲撃と白兵戦で大勝し、多数の敵船を拿捕した。チナコティアレも重傷で捕虜となり、後にポルトガル人捕虜十二名と金銭で身代金が成立する。一方、クリストヴァン・デ・メンドンサはオルムズに向かい、ライバルであるラシュ・ハメデは国王らの指示で暗殺された。このように総督は複数戦線を同時に処理しつつ、モルッカやスンダ遠征に備えて増援も派遣した。 #DomJoãoDEça, #DomSimãoDeMeneses, #FranciscoDeMello, #FranciscoDeSá, #MartimAfonsoDeMelloJuzarte, #GarçiaJuzarteDEvora, #Castanheda, #ReiDaCota, #Madune, #Çamorim, #ThomePirez, #DuarteMendezDeVasconcellos, #JoãoCoelho, #PeroDeFaria, #JorgeCabral, #SimãoDeSousaGalvão, #DuarteGalvão, #DomJorgeDeMeneses, #DomAntonioDeCrasto, #ChristovãoDeMendoça, #RaxXarrafo, #ManoelDeMaçedo, #RaxHamede, #Chinacotiale #Cochim, #Malavar, #Cananor, #Sunda, #Malaca, #Ceilão, #Choramandel, #Pegu, #Maluco, #Ormuz, #Mascate, #Goa, #Ma...

第4の時代 第2書第6章 ペロ・マスカレーニャス拘束事件

 第4の時代 第2書第6章 【 4-2-6 】総督ロポ・ヴァス・デ・サンパイオがペ〔ド〕ロ・マスカレーニャスについての知らせを得てしたこと。港口で彼〔ペ〔ド〕ロ・マスカレーニャス〕を待つよう命じ、手錠をかけて、カンヌールまで輸送した次第。 【 Summary 】 ルポ・ヴァス・デ・サン・パイオは、ペロ・マスカレニャスがゴアに入ると市民や部下が彼を支持する可能性を恐れ、カナノールで待ち伏せし、捕縛するよう命じた。アントニオ・ダ・シルヴェイラやシマオン・デ・メロが艦隊で迎え、マスカレニャスを拘束し、手枷をかけた。ペロ・マスカレニャスは王の権限に基づき平和的に正当な統治者として行動し、抵抗せず自らカナノールへ送られた。途中でシマオン・カエイロやランサロテ・デ・セイシャスも捕らえられたが、最終的にドン・シマオン・デ・メネゼスに引き渡され、状況は落ち着いた。 #Lopo Vaz de São Payo, #Pero Mascarenhas, #Ayres da Cunha, #Cochim, #Goa, #Afonso Mexia, #Eitor da Silveira, #Pero de Faria, #Antonio de Miranda, #Cananor, #Dom Simão, #Coulão, #Anrique Figueira, #São Francisco, #Dom Vasco de Lima, #Jorge de Lima, #Dom Jorge de Noronha, #Jorge de Mello, #Dom João Lobo, #Dom Anrique d’Eça, #João Pireira, #Françisco Correa, #Antonio Caldeira, #Gomez do Souto Mayor, #Lopo Correa, #Francisco de Brito, #Payo Rodriguez d’Araujo, #Garcia de Mello, #Antonio Mendez de Vasconçellos, #Nuno Pereira, #Francisco Ferreira, #Gaspar da Sylva, #Fernão de Moraes, #Fernão Rodriguez Barbas,...

第4の時代 第2書第5章 ペロ・マスカレーニャスの帰還と上陸阻止騒動

 第4の時代 第2書第5章 【 4-2-5 】コチンに到着するまでにペ〔ド〕ロ・マスカレーニャスの身に生じたこと。アフォンソ・メシアが彼の上陸を阻止した次第。カンヌール に起きたこと。〔ペ〔ド〕ロ・マスカレーニャスが〕ゴアに向けてカトゥル (櫂船)で出発した次第。 【 Summary 】 ペロ・マスカレニャスはマラッカで艦隊を整え、 12 月にゴア向けに出航。途中カウロンで、ルポ・ヴァス・デ・サン・パイオの命令に逆らう形で、監察官アフォンソ・メクシアから上陸阻止の圧力を受ける。コチン到着時、メクシアは武装した現地民を率いて迎撃したが、ペロ・マスカレニャスは合法的な統治者として平和的に上陸。妨害者を拘束し艦隊の作業を安全に進めた。その後カナノールで友人ドン・シマオン・デ・メネゼスの協力を得て、最小限の船でゴアへ向かい、正当な権限を保持しつつ進軍を計画した。 #Pero Mascarenhas, #Afonso Mexia, #Lopo Vaz de São Payo, #Simão Caeiro, #Duarte Teixeira, #Manoel Lobato, #Jorge Mascarenhas, #Ayres da Cunha, #Dom Simão de Meneses, #Lançarote de Seixas, #India, #Malaca, #Goa, #Coulão, #Cochim, #Camarão, #Bintão, #Cannanor

第4の時代 第1書第1章 総督継承争いとロポ・ヴァス・デ・サンパイオの擁立

  第4の時代 第1書第1章 【 4-1 】 ロポ・ヴァス・デ・サンパイオの時代およびヌーノ・ダ・クーニャによる一部の統治時代に、ポルトガル人たちが東洋の海および陸の発見ならびに征服において実行したことがらについて   【 4-1-1 】 総督ドン・エンリケ・デ・メネゼスの死により、マラッカ司令官の任にあったペ〔ド〕ロ・マスカレーニャス がインディアの統治を継承した次第。財務長官アフォンソ・メシア が第三者の継承を図り、ロポ・ヴァス・デ・サンパイオ が継承に至った次第。 【 Summary 】 1526 年 1 月末、ドン・エンリケ・デ・メネゼスがカナノールで死去した。すでに第一の箱で彼が総督に指名されていたが、死後に第二の箱が開けられ、マラッカ長官ペロ・デ・マスカレーニャスが次の総督と定められていることが判明した。しかし彼は遠方にあり、帰還まで 14 か月かかると見込まれたため、緊急事態に対応できないと判断された。そこで第三の箱が開けられ、コチン長官ロポ・サンパイオが臨時総督に選ばれた。将来マスカレーニャスに地位を譲ることを誓約した上で、諸侯らはサンパイオに統治権を譲渡するためコチンへ向かった。 #Dom Anrique de Meneses, #Dom Simão de Meneses, #Afonso Mexia, #Vicente Pegado, #João do Souro, #Dom Vasco d’Eça, #Rui Vaz Pereira, #Dom Afonso de Meneses, #Manoel de Brito, #Antonio da Silva, #Lopo de Misquita, #Diogo de Misquita, #Diogo da Silveira, #Manoel de Maçedo, #Antonio de Miranda d’Azevedo, #Dom Vasco de Lima, #Martim Afonso de Mello Jusarte, #Dom Jorge de Meneses, #Dom Antonio da Silveira, #Dom Jorge de Castro, #Francisco d’Ataide, #Dom Vasco da Gama, #Pero Mascarenhas...