投稿

ラベル(ポルトガル海上帝国)が付いた投稿を表示しています

第4の時代 第8書第2章 ポルトガル軍のマラバール諸都市攻略

【 4-8-2 】 1532 年、王国を出航した艦隊と、メリンデ海岸でドム・エステヴァン・ダ・ガマに起こった出来事。そして、ディオゴ・ダ・シルベイラがカンバヤ王国で繰り広げた大戦争、そしてポルとマンガロールの都市を破壊した経緯について。 【 Summary 】 1532 年、ポルトガル国王ジョアンはインド方面の支援を行いつつ、 5 隻の艦隊を派遣。ドウトール・ペロ・ヴァス・ダマラルが主将、ディオゴ・ダ・シルヴェイラは沿岸で待機。ドン・エステヴァン・ダ・ガマは補給のためメリンデに向かうが嵐で困難に直面し、最終的にムシャンビーク経由でメリンデに到着。沿岸ではディオゴ・ダ・シルヴェイラがポルとマンガロールの都市を攻略・破壊し、多くの住民を殺害・捕虜にし、財宝を収奪。続いてパタンにも上陸し同様の戦闘を行い、都市や港の船舶を焼き尽くした。艦隊は補給と戦果を得た後、カンバヤ沿岸を通過してさらなる作戦に向かった。 #Dom João #Dom Estevão da Gama #Dom Paulo da Gama #Dom Christovão da Gama #Pero Vaz d'Amaral #Vicente Gil #Antonio Carvalho #Dom Manoel de Lima #Dom Fernando de Lima #Nuno Fernandez #Diogo da Sylveira #Badur #Mossambique #Melinde #Sacotora #Xael #Goa #Cochim #Por #Mangalor #Pate #Patan #Cambaya

Décadas da Asiaアジアのデカダ集 解題

イメージ
『アジアのデカダ集』Décadas da Asia  本書は、ジョアン・デ・バロスJoão de Barros (1469―1570)の歴史書『アジアのデカダ集』の続編としてコウトが著した、インディア領(エスタード・ダ・インディア)の歴史書である。そのフルタイトルはバロスのそれをほぼ踏襲した『ポルトガル人が東方の陸と海での征服と発見に際して行なった数々の行為に関するアジアのデカダ集』である。16世紀前半から17世紀初頭にかけてのアフリカから東アジアに至るインディア領各地の動向を記録したもので、特にインド、東南アジア、西アジアについては、現地語の史資料にはない情報を提供する同時代史料として高い価値を有する。  本書はその書名のとおり、「デカダ」década(ここでは「十書」の意)と題する各巻の集合体である。1595年、国王フィリーペ一世によってコウトがインディア領修史官に任じられた時、バロスの第四デカダは未完だったため、本書はその欠を補うべく第四デカダを起点とし、第一二デカダまでの全九デカダから成っている。各デカダはバロスのそれと同じく、一〇の「書」livroから成っており(最後の第一二デカダのみ五書)、各書は複数の「章」capítuloに細分される。ただし要約版のみが伝わる第八デカダと第九デカダは、書の区分を備えず、章のみによって構成されている(原本が散逸し後代に編纂された第一一デカダも同様)。各デカダの一〇書構成がおおよそ貫徹しているところにはコウトの様式意識を認められるが、各書が含む章の数や分量については差異が著しい。なおコウトの原稿の送付先であり、その出版に尽力した義兄アデオダートが出版までに様々な改作を施し、章の構成も改めていたことが明らかになっている[Seabra 2019: 120 ff.]。版本の構成や内容には著者コウトの意図しなかった改変が含まれていることには要注意である。  青年期以降の人生の大半をインドのゴアで過ごしたコウトは修史官に任じられる前から歴史書の執筆を進めていた(1589年の国王宛書簡で彼はインディア領修史官の任務を請願した)。そのため彼が最初に着手したのは、当代に最も近い時期をカバーする第一〇デカダであった。その後に第四デカダから第七デカダまでが順次執筆されるが、それ以降のデカダは必ずしも時代順に執筆されたわけではない。また原稿が散...

ディオゴ・ド・コウトとは?

イメージ
ディオゴ・ド・コウト (Diogo do Couto, 1542年–1616年)は、大航海時代のポルトガル帝国を代表する歴史家・公文書保管人。   1. 経歴 リスボンの貴族の家に生まれ、1559年に兵士としてインドへ渡り、人生の大部分をアジア(主にインドのゴア)で過ごす。1595年にはゴアの公文書館(Torre do Tombo da India)の館長に任命され、帝国の公式な歴史記録を担う 2. 主な著作 『アジアのデカダ(10年紀)集』 (Décadas da Ásia) 先代の編年歴史家 ジョアン・デ・バロス の後継者として、ポルトガルのアジア進出史を執筆。バロスがポルトガル本国で資料をまとめたのに対し、コウトは 現地インドでの実体験や目撃証言 に基づいた、より生々しい詳細な記述を残した。ジョアン・デ・バロスよりも圧倒的に長い期間について編年記録を残したが、日本語訳がないため、ほとんど知られていない。 『熟練なる兵士の言葉』 (Dialogo do soldado pratico q[ue] trata dos enganos e desenganos da India ) 当時のポルトガル領インドにおける 腐敗や行政の無能さ を鋭く批判した対話形式の著作。華々しい征服の歴史だけでなく、現地の腐敗や帝国の衰退や兆しを冷静に分析した。  

ディオゴ・ド・コウト『デカダス・ダ・アジア』各章要約ブログについて

イメージ
                                                                             聖パウロ学院(ゴア)岡美穂子撮影 このブログでは、ディオゴ・ド・コウト『デカダス・ダ・アジア』の各章要約(日本語)を掲載していきます。 作成:東京大学史料編纂所特定共同研究「 本所所蔵在外日本関係史料の多角的利用のための翻訳研究」(代表松方冬子 2022~2025年度)南欧語史料班(岡美穂子)