第6の時代 第9書第22章 難破者たちのモザンビークでの悲劇

マノエル・デ・ソウザ・デ・セプルヴェダが上陸後にとった行動、その道中で起こった出来事、妻子のあわれで痛ましい最期、そして彼が森へ入り消息を絶ったことについて。


岸に逃れた一行は、難船した船材が失われて小船を作る望みも絶えたため、モザンビーク船が毎年象牙交易に来るロウレンソ・マルケス川を目指して陸路を進むことにした。負傷者の回復を待って出発したが、飢えと渇き、野獣、カフレ人の襲撃に苦しみ、日ごとに脱落者と死者が増えていった。水は極端に不足し、高値で売買されるほどで、死肉や骨粉まで口にする有様だった。セプルヴェダは妻ドナ・レオノールと幼い子らを伴って行軍したが、心身ともに衰弱していた。ようやくロウレンソ・マルケス近くの王の地に着くと、いったん保護されるように見えたものの、武器を預けたのち裏切られ、財産を奪われて追放される。以後の行程はさらに悲惨で、川を越え、飢えと疲労のなかで一行は分散した。ついにレオノールは裸にされ、砂を掘って身を隠すほど辱めを受け、2人の幼子も飢えで死ぬ。セプルヴェダは自ら妻子を葬ったのち、絶望のうちに森へ入って姿を消し、虎に食われたと考えられた。残る者たちもほとんどが飢えと放浪で命を落としたが、パンタレオン・デ・サーらごく少数は後に交易船に救われ、モザンビークへ生還した。


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