投稿

ラベル(アデン)が付いた投稿を表示しています

第6の時代 第6書第6章 アデン喪失による失望の広がり

ドン・アルヴァロ・デ・カストロがカネカニン諸島に到着してアデン陥落を知り、その後カシェムの要塞を攻撃して占領したこと。 バサインを出発したドン・アルヴァロ・デ・カストロは艦隊を率いてアラビア沿岸へ向かい、カネカニン諸島でポルトガル船と合流してアデンがトルコ軍に奪われたことを知った。彼はこれを大きく嘆き、その原因をドン・パイオ・デ・ノローニャの軽率な判断にあると考えた。王族の使節の求めによりドン・ジョアン・デ・タイデをカムファルへ派遣すると、そこで生存していたポルトガル人や幼い王子の救出を確認し、彼らを艦隊へ迎え入れた。その後、総督の命令と同盟関係に従いカシェム王を援助することを決定し、シャエルの要塞を攻撃した。要塞は小規模ながらファルタキン兵が激しく抵抗したが、ポルトガル兵は梯子で城壁をよじ登り、フェルナン・ペレスやペロ・ボテーリョらが先陣を切って突破した。激しい白兵戦の末に守備兵は全滅し、要塞は占領された。要塞はカシェム王の使者へ引き渡され、ドン・アルヴァロは報告を総督へ送った。ゴアではアデン喪失の報が広まり、ノローニャの評判は大きく失墜した。 #Adém, #Baçaim, #Cambaya, #Camphar, #Canecanim, #Caxém, #Goa, #Malaca, #Maluco, #Xaél

第6の時代 第6書第5章 トルコ軍によるアデンの占領

ドン・パイオ・デ・ノローニャが密かにアデンを去り、その後トルコ軍が都市を占領して王子と兄弟を殺害したこと、さらにドン・ジョアン・デ・タイデの航海で起こった出来事と、トルコ軍の追撃について。 トルコ軍の激しい砲撃でアデンの防衛は困難となり、カムファル王の王子はドン・パイオ・デ・ノローニャに協力を求めた。しかしノローニャは状況を危険と判断し、夜に密かにポルトガル兵を二人ずつ船へ退かせ、自身も誰にも知られぬまま出航してアビシニア沿岸へ逃れた。王子はこの離脱を隠して士気の低下を防ぎ、マノエル・ペレイラやフランシスコ・ヴィエイラらポルトガル人が中心となって防衛を続けた。だが約三週間後、内通者がトルコ軍を密かに城内へ導き、夜襲で激戦となる。王子と兄弟たちは勇戦したが戦死し、都市はトルコ軍に占領された。生き残ったペレイラとヴィエイラは幼い王子を連れてカムファルへ脱出した。一方、救援に向かっていたドン・ジョアン・デ・タイデはアデン湾でトルコのガレー船と遭遇して追撃を受け、二隻は座礁して乗員が脱出し、彼自身は夜陰に乗じて逃れた。のちに彼はノローニャと合流し、援軍艦隊を待つこととなった。 #Adém, #Baçaim, #Barbora, #Camphar, #Caxém, #Canecanim, #Mete, #Ormuz, #Xaél  

第6の時代 第6書第4章 アデンへの救援艦隊派遣

ドン・ジョアン・デ・カストロ総督がアデンからの知らせを受け、息子ドン・アルヴァロ・デ・カストロを救援に派遣したこと、さらにモカからトルコのガレー船が出航して味方を援助したこと、そしてドン・パイオの行動。 アデンから派遣されたディオゴ・コレイアとカムファル王の義兄は季節風に乗ってインドへ渡り、総督が滞在していたバサインに到着した。総督ドン・ジョアン・デ・カストロは彼らを厚遇し、アデンがポルトガル王に帰属したとの知らせを大きな幸運と喜んだ。彼はただちに救援遠征を準備し、息子ドン・アルヴァロ・デ・カストロに艦隊指揮を命じ、約三十隻のガレー船と多くの貴族・将校を集めた。またカシェム王の使節も来訪し、隣国ファルタケ王に奪われた領土奪回の援助を求めたため、総督はこれにも協力を約束した。準備の間、先発隊として数隻をアデンへ送り、続いて主力艦隊を出航させた。一方アデンではドン・パイオ・デ・ノローニャが船上で援軍を待っていたが、やがてトルコのガレー船が現れ、さらに増援が加わって艦隊となった。彼らはアデン近くに停泊し、バシャの命令で陸軍を上陸させ都市を包囲した。ポルトガル人は市内で激しく抵抗し、ペロ・フェルナンデス・デ・カルヴァーリョらが防衛を続けたが、トルコ軍は重砲を据えて城壁への砲撃を開始した。 #Adém, #Baçaim, #Camphar, #Caxém, #Moçá, #Ormuz, #Suéz

第6の時代 第6書第3章 トルコ軍のアデン包囲と退却

ムファル王がトルコ軍を攻撃し、その突撃で戦死し、さらにトルコ軍がアデンを包囲したこと、その他起こった出来事。 カムファル王は息子と別れた後、トルコ軍が籠る要塞へ進軍して包囲し、数日にわたり激しく攻撃した。王は決着を急ぎ、多くの梯子を作らせて総攻撃を命じた。カムファル軍は勇敢に城壁をよじ登り激戦となったが、戦闘の最中に王が銃撃を受けて戦死すると軍は動揺し、占領しかけた場所を放棄して撤退した。兵たちはカムファルへ逃げ帰り、アデンに残された王子を顧みなかった。やがて王の死の噂がアデンにも届き、王子は動揺を避けるためこれを隠したが、ドン・パイオ・デ・ノローニャにも知らせが伝わった。まもなくトルコ軍はこの機会を利用してアデンを包囲し、激しい攻撃を繰り返した。市内ではポルトガル兵が防衛の中心となり、ペロ・フェルナンデス・デ・カルヴァーリョやアントニオ・デ・フィゲイレードらが防戦した。トルコ軍は内通者を利用して夜に城内へ侵入したが、パンタレオン・ダ・マイアがファルタキン兵を率いて反撃し、多くの敵を討って撃退した。トルコ軍は大きな損害を出して退却し、要塞へ戻った。勝利後、王子は捕虜のトルコ人を処刑し、防備を強化しながらさらなる軍の動員を命じた。 #Camphar, #Adém

第6の時代 第6書第2章 アデンへのポルトガルの援軍

ドン・パイオ・デ・ノローニャが総督ドン・ジョアン・デ・カストロへ使者を送り、カムファル王がトルコ軍を包囲していた息子を救援したこと、そしてその後に起こった出来事。 ドン・パイオ・デ・ノローニャはアデンに到着すると、カムファル王に対し、この出来事を総督へ知らせ援軍を求めるべきだと助言した。王は同意し、義兄を使者として船で送り、都市がポルトガル王の奉仕のために差し出されたことを伝え、兵と弾薬の援助を求めさせた。一方、王の息子はトルコ軍が籠もる要塞を包囲していたが、若く経験が乏しかったため作戦が拙く、トルコ軍の反撃で損害を受けた。これを聞いた王は自ら二千の兵を率いて救援に向かい、息子を退かせて自分が指揮を取った。息子にはアデンへ戻り、ポルトガル人の護衛のもとでのみ都市に入るよう命じた。しかしその夜、都市では騒動や叫び声が続き、ドン・パイオは陰謀を疑って船へ退き、兵も撤収させた。翌日王子は命令どおり彼の迎えを求めたが、ノローニャは病気を理由に上陸を拒み、最終的に王子は自ら城に入った。ノローニャは裏切りを恐れ、総督からの返答を待つため海上に留まり続けた。 #Adém, #Camphar, #Goa

第6の時代 第6書第1章 アデンによる対トルコ反乱とポルトガルへの援助要請

アデンの住民がカムファル王と結んでその都市を引き渡し、オルムズとゴアへ援軍を求めたこと。 ディーウ攻撃に失敗した後、オスマンの将軍スレイマンが去ると、アデンにはトルコ人守備隊が置かれた。後任のバシャ、マルザンは住民を苛酷に扱い、女性や家族まで侮辱したため、市民は耐えかねて密かに近隣のカムファル王アリベン・スレイマンと結び、彼を王として迎える計画を立てた。王は千人を率いて夜間に城門から市内へ入り、城を急襲してトルコ守備隊を倒し都市を掌握した。バシャは部下とともに内陸の要塞へ退いたが、周囲を占拠して補給を妨げた。そこでアデンの住民はポルトガルに援助を求め、都市と要塞を引き渡す条件でオルムズへ使者を送った。また王の子にも命じてトルコ軍の要塞を包囲させた。使者は途中でポルトガル艦隊司令ドン・パイオ・デ・ノローニャに出会い、彼は少数の兵とともにアデンへ向かった。到着すると王は彼を盛大に歓迎し、都市をポルトガル王のものとして委ねると宣言した。ノローニャは兵を城壁や要地に配置し、防衛と要塞化を進めて住民の安心を得た。 #Adém, #Dio, #Camphar, #Ormuz, #Baçorá, #Caxém, #Arabia, #Barborá, #Zeilá, #Mete, #Dofar, #Xaél, #Berrumá, #Goa  

第4の時代 第6書第10章 アデン救援とその背反

【 4-6-10 】 紅海海峡で起こった出来事、モスタファ・バクサとシャエル王がアデム市を包囲したこと、エイトール・ダ・シルベイラがその海峡で遭遇した出来事、アデムに到着し、その王を支持し、ポルトガルへの貢納国としたこと。 【 Summary 】 エストレイト・ド・マル・ロッソでモスタファ・バクサとジャエルの王がアデムを包囲した。エイトル・ダ・シルヴェイラが率いるポルトガル艦隊が到着し、アデム王を支援してトルコ勢を撃退した。アデム王はポルトガル王ドン・ジョアンの臣下となり、年額一万パルダオンを貢納、うち千五百パルダオンはオルムズで王冠を作る資金として納めた。トルコ勢は撤退し、アデムの港にはポルトガルの小船が残された。アデム王は恐怖と必要により貢納を約束したが、後に商人と財産を没収し、船に乗る者を処刑した。エイトル・ダ・シルヴェイラはその後オルムズで冬を越した。 #Mostafa Baxa #Xael #Adem #Eitor da Sylveira #Portugal #Dom João #Antonio de Miranda #Ormuz #Turcos, #Arabia, #Mouros, #Goa, #Antonio da Sylveira, #Nuno da Cunha, #Cochim, #Março, #Meca, #Castanheda, # Christovão de Mendoça, #Belchior de Sousa

第4の時代 第4書第6章 アントニオ・デ・ミランダの紅海遠征と戦利品獲得

 第4の時代 第4書第6章 【 4-4-6 】紅海の海峡においてアントニオ・デ・ミランダの身の上に生じたこと。そして獲得した戦利品について。 【 Summary 】 アントニオ・デ・ミランダはゴアを出航し、荒天を越えて紅海口へ進出した。分派した艦隊のエンリケ・デ・マセードは優勢なムーア人船団と死闘し、火災の連鎖で敵大ガレオンを炎上させ、救援艦とともに拿捕と討伐を行った。その後も各地で商船隊を捕獲し、カイシェムで合流。アデンではトルコ軍侵入に悩む城代を支援し、敵は退却。さらにゼイラを焼討ちし、冬営のためマスカットとオルムズへ退いた。 #AntonioDeMirandaDAzevedo, #AnriqueDeMacedo, #RuyPereira, #Mostafa, #Solteimão, #AntonioDaSylva #marRoxo, #Goa, #caboDeGuardafui, #monteDeFelix, #Estreito, #Caixem, #Achem, #Adem, #Sués, #Camarão, #Arabia, #Zeila, #Mascate, #Ormuz

第4の時代 第1書第5章 エイトール・ダ・シルヴェイラの漂流航海とエチオピア使節のホルムズ来訪

 第4の時代 第1書第5章 【 4-1-5 】オルムズまでの航海において、エイトール・ダ・シルヴェイラの身に生じたこと。総督がプレステ・ジョアンからの使節を迎えた次第。 【 Summary 】 エイトール・ダ・シルヴェイラのメッカ海峡の船旅と遭難。カマラン島を出発し、アデンに寄港し、ヤスケス岬を周回して、テイヴェに補給のために立ち寄った。その後、暴風に遭遇し、チャウルの沿岸まで流されたが入港できず、遭難状態でアラビア海を彷徨うことになった。食料も飲料水もほとんど尽きた頃、偶然マスカットに至り、十分な食料と水を入手できた。そこからオルムズへと至った。オルムズでは司令官(ディオゴ・デ・メロ?)に迎えられ、歓待を受けたこと。エイトール・ダ・シルヴェイラ、リマ、アビシニアの大使は新総督サンパイオに面会し、滞在中の費用をすべて保証された。 #Eitor da Sylveira, #Preste João, #Dom Rodrigo de Lima, #Françisco de Mendoça, #Zagazabo, #Francisco Alvares, #Diogo Lopez de Siqueira, #Lopo Vaz, #Ormuz, #ilha de Camarão, #Adem, #São Leão, #cabo de Jasques, #Agoada de Teive, #Mascate, #India, #Chaul, #ençaada de Cambaya, #Persia,