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第4の時代 第1書第10章 コチンの政争とエチオピア使節の来訪

 第4の時代 第1書第10章 【 4-1-10 】総督〔サンパイオ〕が、コチンにおいて行ったこと。〔ポルトガル〕王国へと出発したナウ船について。国王ドン・ジョアンがアビシニアの大使を迎えた次第。 【 Summary 】 サンパイオはコチンに到着し歓迎を受けたが、マスカレーニャス支持派の反感も強かった。マスカレーニャス帰還の情報を受け、サンパイオはクイロン司令官に監視を命じた。不穏な情勢の中、ドミニコ会士がサンパイオへの服従を説いた。反対派の一部はエチオピア大使ザガザボ(皇帝の弟)と共にポルトガルへ送られ、リスボンからコインブラで国王ジョアン三世に迎えられた。使節はマヌエル王・ジョアン三世宛ての国書とローマ教皇への書状を携え、黄金と銀の王冠も献上された。滞在中には国王から日当が与えられ、やがてローマへ向かい、教皇クレメンス 7 世に歓迎された。 #Lopo Vaz de São Payo, #Cochim, #Afonso Mexia, #India, #Pero Mascarenhas, #Malaca, #Reino, #Antonio da Sylva de Meneses, #Anrique Ferreira, #Coulão, #Portugal, #Bastião de Sousa, #Antonio d'Abreu, #Antonio Galvão, #Francisco d'Anhaya, #Tristão Vaz da Veiga, #Filipe de Crasto, #Antonio Rico, #frey João de Hayo, #Salamanca, #Paris, #Vicente Pegado, #Simão Toscano, #Chaul, #Dom Rodrigo de Lima, #Zagazabo, #Camarão, #Lisboa, #Santiago, #Coimbra, #ilhas Terçeiras, #Santarem, #Alfange, #Diogo Lopez de Siqueira, #Villa Real, #Paço, #cardeal, #Paris 、 #emperador, #Ethyopia, #Abassia, #Dom Manoel, #Roma, #Santo...

第4の時代 第1書第9章 総督継承の再確認とトルコ艦隊の脅威

 第4の時代 第1書第9章 【 4-1-9 】本〔一五〕二六年、〔ポルトガル〕王国から出発した艦隊について。国王が命じた新しい継承〔人事配置〕について。財務長官のアフォンソ・メシアが第一の継承を開始し、そこでロポ・サルメント・デ・サンパイオが就任したこと。 【 Summary 】 ジョアン三世は婚姻準備に多忙ながらもインド統治に注意を払い、 1526 年春に艦隊を派遣した。アントニオ・ガルヴァンは遅れて出発し困難を経て直接インド洋を横断、 11 月にコチンへ到着した。先行艦隊の一部は同じ外周ルートで到着したが、他は内周りでモザンビークに越冬していた。ガルヴァンらが持参した国王の新訓令には、仮の総督であったロポ・サンパイオを正式に後継とし、死亡時にはペロ・マスカレーニャスを指名する旨が記されていた。これにより両者の総督職をめぐる混乱が生じた。一方その頃、オスマン帝国はスエズに艦隊を集め、ポルトガルとの戦闘を準備していた。 #Afonso Mexia, #Dom Anrique de Meneses, #Conde Almirante, #elRey, #Dona Caterina, #emperador Carlos Quinto, #Francisco d'Anhaya, #Tristão Vaz da Veiga, #Antonio d'Abreu, #Vicente Gil, #Duarte Tristão, #Antonio Galvão, #Duarte Galvão, #Nossa Senhora, #Tristão Vaz da Veiga, #Francisco d’Anhaya, #Dom Vasco d'Eça, #Antonio Riquo, #João do Souro, #João Rabello, #Duarte Teixeira, #Pero d'Alcaçova Carneiro, #Fernão Nunez, #Antonio de Miranda d'Azevedo, #Lopo Vaz de São Payo, #Jorge Rodriguez, #Dom Anrique d'Eça, #Eitor da Sylveira, #Thome Pirez, #Melique ...

第4の時代 第1書第8章 ディウ政変とハージー・マフムードの簒奪

 第4の時代 第1書第8章 【 4-1-8 】ハジ・マムーデがエイトール・ダ・シルヴェイラにその要塞を譲渡するという案を、メリク・サカ〔マリク・イシャーク〕に放棄させたことについて。彼〔シルヴェイラ〕がチャウルへ何の成果もなく立ち去ったことについて。ハジ・マムーデ〔ハージー・マフムード〕 が裏切りにより要塞を手に入れ、カンバヤの王にそれを引き渡した次第。 【 Summary 】 メリク・サカの親族ハジ・マムーデはディウ支配を狙い、サカを陥れようとした。シルヴェイラが総督に相談した際、高官たちは危険を承知でハジの提案に従うよう助言した。その間ハジは軍備を増強し、カンバヤ王も軍を率いてディウに進軍した。サカは家族とともに逃亡し、王は町を占領して統治権をハジに与え、港の関税は王のものとした。以後、このカンバヤ王はエスタード・ダ・インディア最大の敵となり、多くのポルトガル人が命を落とす戦いをもたらした。 #Hag Mamude, #Melique Saca, #Eitor da Sylveira, #Chaul, #Cambaya, #Dyo, #Jaquete, #elRey, #India, #Goa, #Suéz, #Ormuz, #Melinde, #Moçambique, #Rumes, #Goa, #Diogo de Mello, #Persico, #Suez, #Çofala, #Nuno Vaz de Castelbranco, #Francisco de Mendoça, #Reino, #Dely, #Meca, #Jaquete, #quinta do Melique, #Christovão de Sousa, #Dyo, #ilha, #Cambaya

第4の時代 第1書第7章 エイトール・ダ・シルヴェイラの遠征とディウ要塞譲渡交渉

 第4の時代 第1書第7章 【 4-1-7 】エイトール・ダ・シルヴェイラがメッカから来るナウ船を待つためにオルムズから出発した次第、ディウの司令官であるメリク・アズ〔マリク・アヤーズ〕 があの要塞をポルトガル人に譲渡することを図った次第。あの島の来歴、モーロ人があの王国を征服した時のことについて。メリク・アズとの〔交渉〕で、エイトール・ダ・シルヴェイラの身に生じたことについて。 【 Summary 】 1526 年 9 月、エイトール・ダ・シルヴェイラ艦隊はメッカからカンバヤへ向かう商船を待ち伏せ、 3 隻を拿捕して莫大な財貨を得た。背景としてカンバヤ(グジャラート)王国の歴史が語られる。グジャラートは古くから工芸や交易で知られたが、北方からの侵略を受け、最終的にスルタン・マームドが王朝を築き、子のダウダルカンがディウを交易都市に成長させた。その後王位継承争いからスルタン・バドールが台頭し、 25 年前に王国を奪取した。ディウ長官メリク・サカはバドールを恐れ、ポルトガルと同盟し要塞を託すことで保護を求めた。サンパイオ総督はシルヴェイラをディウに派遣し、メリク・サカとの交渉にあたらせた。 #Eitor da Sylveira, #Ormuz, #Meca, #Melique Saca, #Melique As, #Dyo, #Lopo Vaz de São Payo, #Cambaya, #Francisco de Mendoça, #Manoel de Brito, #Manoel de Maçedo, #Goa, #João de Barros, #Guzarate, #Guzarates, #Baneanes, #Arriano, #Indo, #mar Roxo, #Agara, #Mandou, #Magores, #Canara, #Mangalor, #Mongulor, #Canaras, #Resbutos, #Industão, #Dely, #soltão Nosaradi, #Grão Tamurlang, #Gange, #Decan, #soltão Maamed, #Daudarcan, #Modofar, #soltan Bador, #Xisto, #Amadaba, #Chitor, #Crementi, #C...

第4の時代 第1書第6章 ペロ・マスカレーニャスへの継承通達とマラッカ滞留

 第4の時代 第1書第6章 【 4-1-6 】アフォンソ・メシアが総督ぺ〔ド〕ロ・マスカレーニャスをマラッカへ迎えに行かせた次第。そして彼が知らせを受け取った後におこなったこと。マルティン・アフォンソ・ジュザルテ とフランシスコ・デ・サの身にその旅で生じたこと。 【 Summary 】 新総督サンパイオの出発後、アフォンソ・メシアはマスカレーニャスに総督継承を知らせるため船を派遣した。一方、ジュザルテ率いる艦隊はモルディブ付近でルーム人の商船を襲撃し、財宝をゴアへ持ち帰った。先に到着していたジョルジ・カブラルはマスカレーニャスを迎えたが正式書類がなく、 1 か月後にアントニオ・ダ・シルヴェイラの船が到着して総督就任が宣言された。マスカレーニャスはジョルジ・カブラルをマラッカ長官に任じ、自らはインドへ向かおうとしたが逆風で戻ることとなり、その間モルッカ派遣の準備やビンタン島での遠征計画を進めた。 #Afonso Mexia, #Malaca, #Pero Mascarenhas, #Martim Afonso Jusarte, #Martim Afonso de Mello Jusarte, #Francisco de Sa, #Lopo Vaz, #São Payo de Cochim, #India, #Antonio da Sylva de Meneses, #Dom Jorge Tello, #Malavar, #Goa, #ilhas de Maldiva, #Rumez, #Tanaçari, #Meca, #Jorge Cabral, #Pulopuar, #Ayres da Cunha, #Afonso d'Albuquerque, #Nuno Vaz Pereira, #Jorge de Brito, #Antonio Pacheco, #Maluco, #Dom Anrique, #Borneo, #Jaoa, #Amboino, #Simão de Sousa Galvão, #Bintão, #Francisco de Sã, #Dom Jorge de Meneses,

第4の時代 第1書第5章 エイトール・ダ・シルヴェイラの漂流航海とエチオピア使節のホルムズ来訪

 第4の時代 第1書第5章 【 4-1-5 】オルムズまでの航海において、エイトール・ダ・シルヴェイラの身に生じたこと。総督がプレステ・ジョアンからの使節を迎えた次第。 【 Summary 】 エイトール・ダ・シルヴェイラのメッカ海峡の船旅と遭難。カマラン島を出発し、アデンに寄港し、ヤスケス岬を周回して、テイヴェに補給のために立ち寄った。その後、暴風に遭遇し、チャウルの沿岸まで流されたが入港できず、遭難状態でアラビア海を彷徨うことになった。食料も飲料水もほとんど尽きた頃、偶然マスカットに至り、十分な食料と水を入手できた。そこからオルムズへと至った。オルムズでは司令官(ディオゴ・デ・メロ?)に迎えられ、歓待を受けたこと。エイトール・ダ・シルヴェイラ、リマ、アビシニアの大使は新総督サンパイオに面会し、滞在中の費用をすべて保証された。 #Eitor da Sylveira, #Preste João, #Dom Rodrigo de Lima, #Françisco de Mendoça, #Zagazabo, #Francisco Alvares, #Diogo Lopez de Siqueira, #Lopo Vaz, #Ormuz, #ilha de Camarão, #Adem, #São Leão, #cabo de Jasques, #Agoada de Teive, #Mascate, #India, #Chaul, #ençaada de Cambaya, #Persia,  

第4の時代 第1書第4章 エチオピア使節救援とオルムズ和解

 第4の時代 第1書第4章 【4-1-4】メッカ海峡において、エイトール・ダ・シルヴェイラ の身に生じたこと。マッサワ諸島〔エリトリア沿岸〕に向かった経緯とドン・ロドリゴ・デ・リマ をプレステ・ジョアン〔エチオピア〕へ迎えに行くよう命じた次第。 【Summary】 エチオピアに派遣されたリマは、エチオピア皇帝の使節ザガザボと共に滞在中、イスラム船から「インドでポルトガル人が全滅した」との噂を聞き、現地に留まる決意をした。しかし直後にエイトール・ダ・シルヴェイラの艦隊が到着し、歓喜の中で合流した。副王から贈り物を受けた後、総督サンパイオはカラヤテで反乱に遭ったが鎮圧し、オルムズでラックス・シャラフォを解放して王と会談した。そしてラックス・シャラフォとディオゴ・デ・メロの和議を成立させた。 #Meca, #Maçua, #Rodrigo de Lima, #Preste João, #Ormus, #João de Barros, #Anrique de Meneses, #Eitor da Sylveira, #monte de Felix, #Abassia, #cabo de Gardafui, #Daleca, #Barua, #Zagazabo, #Portugal, #Dom João, #Roma, #Francisco Alvarez, #Maçua, #Pascoa, #Francisco Alvarez, #Darigil, #Arquico, #ilha de Camarão, # Duarte Galvão, #Calayate, #Rax Xarrafo, #Diogo de Mello, #Lopo Vaz, #Agoada de Teive, #Francisco de Mendoça, #Ethyopia, #guazil

第4の時代 第1書第3章 ゴア入城騒動とオルムズ遠征

 第4の時代 第1書第3章 【 4-1-3 】総督がその町の司令官であるフランシスコ・デ・サと共に、ゴアに到着したこと。〔ゴアのポルトガル人が〕総督をゴアに迎えようとしなかったこと。〔総督が〕数人のカピタンを海外に派遣したこと。総督がオルムズに出発した次第。 【 Summary 】 元ポルト財務長官でゴア司令官のフランシスコ・デ・サは、アフォンソ・メシアが第三の箱を開けたのを越権行為とみなし、総督はペロ・デ・マスカレーニャスのみであると主張した。彼はゴア市議会と協議し、ロポ・サンパイオを入城させぬよう兵士や船を配置したが、サンパイオは使者クリストヴァン・デ・ソウザの説得で入城を実現した。総督となったサンパイオはフランシスコをスンダでの要塞建設に派遣し、他のカピタンたちも任地へ送り出した。自らは捕虜となっていたラックス・シャラフォの件を解決するため、オルムズへ向かった。   # Goa, #Francisco de Sa, #Ormuz, #João Rodriguez de Sa, #Sever, #Baltar, #Paiva, #Sevilha, #India, #Cananor, #Afonso Mexia, #Pero Mascarenhas, #Lopo Vaz, #Sunda, #Antonio da Sylveira, #Jorge de Meneses, #Rodrigo de Meneses, #Simão de Sousa Galvão #Duarte Galvão, #Jorge Cabral, #Malaca, #Maldiva, #Martim Afonso de Melo Jusarte, #Diogo de Mello #Rax Xarafo, #Dom Anrique, #Diogo de Mello, #Xarafo, #Antonio de Miranda d'Azevedo, # Vasco de Lima, #Diogo da Sylveira, #Manoel de Macedo, #Manoel de Brito, #Christovão de Sousa

第4の時代 第1書第2章 ロポ・ヴァス・デ・サンパイオの就任とバカノール川の勝利

 第4の時代 第1書第2章 【 4-1-2 】アフォンソ・メシアがインディアをロポ・ヴァス・デ・サンパイオに引き渡した経緯。総督〔サンパイオ〕がゴアへ出発した次第。バカノール川 におけるザモリンの艦隊に対する大勝利について。 【 Summary 】  高官たちはコチンでロポ・サンパイオに総督就任を要請し、彼はマスカレーニャス帰還後に地位を譲る条件で受諾した。サンパイオは職務を他者に分配した後、ザモリン率いる大艦隊がバカノール川に集結しているとの報を受け、ゴアに救援を求めつつガレオン船に合流するため出発した。敵は川口を防御し要塞を築いたが、ビスナガ王の許可を得てサンパイオは攻撃を決行、砲撃戦で勝利し大砲 70 基を奪取した。一方、マラッカ長官マスカレーニャスの正統な継承権を知らせるため、ジョルジ・カブラルは艦隊を離れ、マラッカへ向かった。   # Affonso Mexia, #Lopo Vaz de São Payo, #India, #Goa, # Çamory, #rio de Bacanor, #Cochim, #Pero Mascarenhas, #Portugal, #Malaca, # Vasco d'Eça, #Bengala, # Ruy Vaz Pireira, #Calecut, # Diogo da Sylveira de Terenaa, #Affonso de Meneses, #Pedro Manoel, #Manoel de Brito, #Manoel de Macedo, #Antonio da Sylva, #Diogo de Mesquita, #,Lopo de Mesquita, #Vasco de Lima, #Cananor, #Jorge Tello, #Pero de Faria, #Malavar, #Narsinga, # Christovão de Sousa, #Antonio da Silveira, #Bacanor, #Bisnaga, #Fernão Lopez de Castanheda, #Portugal, #Payo Roiz d'Araujo, #Maldiva, #Jorge Cabral, #Cotiale  

第4の時代 第1書第1章 総督継承争いとロポ・ヴァス・デ・サンパイオの擁立

  第4の時代 第1書第1章 【 4-1 】 ロポ・ヴァス・デ・サンパイオの時代およびヌーノ・ダ・クーニャによる一部の統治時代に、ポルトガル人たちが東洋の海および陸の発見ならびに征服において実行したことがらについて   【 4-1-1 】 総督ドン・エンリケ・デ・メネゼスの死により、マラッカ司令官の任にあったペ〔ド〕ロ・マスカレーニャス がインディアの統治を継承した次第。財務長官アフォンソ・メシア が第三者の継承を図り、ロポ・ヴァス・デ・サンパイオ が継承に至った次第。 【 Summary 】 1526 年 1 月末、ドン・エンリケ・デ・メネゼスがカナノールで死去した。すでに第一の箱で彼が総督に指名されていたが、死後に第二の箱が開けられ、マラッカ長官ペロ・デ・マスカレーニャスが次の総督と定められていることが判明した。しかし彼は遠方にあり、帰還まで 14 か月かかると見込まれたため、緊急事態に対応できないと判断された。そこで第三の箱が開けられ、コチン長官ロポ・サンパイオが臨時総督に選ばれた。将来マスカレーニャスに地位を譲ることを誓約した上で、諸侯らはサンパイオに統治権を譲渡するためコチンへ向かった。 #Dom Anrique de Meneses, #Dom Simão de Meneses, #Afonso Mexia, #Vicente Pegado, #João do Souro, #Dom Vasco d’Eça, #Rui Vaz Pereira, #Dom Afonso de Meneses, #Manoel de Brito, #Antonio da Silva, #Lopo de Misquita, #Diogo de Misquita, #Diogo da Silveira, #Manoel de Maçedo, #Antonio de Miranda d’Azevedo, #Dom Vasco de Lima, #Martim Afonso de Mello Jusarte, #Dom Jorge de Meneses, #Dom Antonio da Silveira, #Dom Jorge de Castro, #Francisco d’Ataide, #Dom Vasco da Gama, #Pero Mascarenhas...

Decadas da Asia デジタルアーカイブ電子書籍について

18世紀に刊行された Decadas da Asia の再版(原文)は以下のデジタルアーカイブから確認、ダウンロード可能(一部不可能) (2026年1月現在) INTERNET ARCHIVE   上記サイトでは様々なバージョンが閲覧可能であり、以下のリンクは必ずしも同じ版に関するものではない。 *第4デカダは、ジョアン・デ・バロスが作者として書誌情報分類されている場合があるが、実際にはバロスの遺稿をまとめ直したディオゴ・ド・コウトの手による。     João de Barros 第1デカダ第1部 第1デカダ第2部 第2デカダ第1部 第2デカダ第2部 第3デカダ第1部 第3デカダ第2部 Diogo do Couto 第4デカダ第1部 第4デカダ第2部 第5デカダ第1部 第5デカダ第2部 第6デカダ第1部 第6デカダ第2部 第7デカダ第1部 第7デカダ第2部 第8デカダ 第9デカダ 第10デカダ第1部 第10デカダ第2部 第11デカダ 第12デカダ

Décadas da Asiaアジアのデカダ集 解題

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『アジアのデカダ集』Décadas da Asia  本書は、ジョアン・デ・バロスJoão de Barros (1469―1570)の歴史書『アジアのデカダ集』の続編としてコウトが著した、インディア領(エスタード・ダ・インディア)の歴史書である。そのフルタイトルはバロスのそれをほぼ踏襲した『ポルトガル人が東方の陸と海での征服と発見に際して行なった数々の行為に関するアジアのデカダ集』である。16世紀前半から17世紀初頭にかけてのアフリカから東アジアに至るインディア領各地の動向を記録したもので、特にインド、東南アジア、西アジアについては、現地語の史資料にはない情報を提供する同時代史料として高い価値を有する。  本書はその書名のとおり、「デカダ」década(ここでは「十書」の意)と題する各巻の集合体である。1595年、国王フィリーペ一世によってコウトがインディア領修史官に任じられた時、バロスの第四デカダは未完だったため、本書はその欠を補うべく第四デカダを起点とし、第一二デカダまでの全九デカダから成っている。各デカダはバロスのそれと同じく、一〇の「書」livroから成っており(最後の第一二デカダのみ五書)、各書は複数の「章」capítuloに細分される。ただし要約版のみが伝わる第八デカダと第九デカダは、書の区分を備えず、章のみによって構成されている(原本が散逸し後代に編纂された第一一デカダも同様)。各デカダの一〇書構成がおおよそ貫徹しているところにはコウトの様式意識を認められるが、各書が含む章の数や分量については差異が著しい。なおコウトの原稿の送付先であり、その出版に尽力した義兄アデオダートが出版までに様々な改作を施し、章の構成も改めていたことが明らかになっている[Seabra 2019: 120 ff.]。版本の構成や内容には著者コウトの意図しなかった改変が含まれていることには要注意である。  青年期以降の人生の大半をインドのゴアで過ごしたコウトは修史官に任じられる前から歴史書の執筆を進めていた(1589年の国王宛書簡で彼はインディア領修史官の任務を請願した)。そのため彼が最初に着手したのは、当代に最も近い時期をカバーする第一〇デカダであった。その後に第四デカダから第七デカダまでが順次執筆されるが、それ以降のデカダは必ずしも時代順に執筆されたわけではない。また原稿が散...

ディオゴ・ド・コウトとは?

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ディオゴ・ド・コウト (Diogo do Couto, 1542年–1616年)は、大航海時代のポルトガル帝国を代表する歴史家・公文書保管人。   1. 経歴 リスボンの貴族の家に生まれ、1559年に兵士としてインドへ渡り、人生の大部分をアジア(主にインドのゴア)で過ごす。1595年にはゴアの公文書館(Torre do Tombo da India)の館長に任命され、帝国の公式な歴史記録を担う 2. 主な著作 『アジアのデカダ(10年紀)集』 (Décadas da Ásia) 先代の編年歴史家 ジョアン・デ・バロス の後継者として、ポルトガルのアジア進出史を執筆。バロスがポルトガル本国で資料をまとめたのに対し、コウトは 現地インドでの実体験や目撃証言 に基づいた、より生々しい詳細な記述を残した。ジョアン・デ・バロスよりも圧倒的に長い期間について編年記録を残したが、日本語訳がないため、ほとんど知られていない。 『熟練なる兵士の言葉』 (Dialogo do soldado pratico q[ue] trata dos enganos e desenganos da India ) 当時のポルトガル領インドにおける 腐敗や行政の無能さ を鋭く批判した対話形式の著作。華々しい征服の歴史だけでなく、現地の腐敗や帝国の衰退や兆しを冷静に分析した。  

ディオゴ・ド・コウト『デカダス・ダ・アジア』各章要約ブログについて

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                                                                             聖パウロ学院(ゴア)岡美穂子撮影 このブログでは、ディオゴ・ド・コウト『デカダス・ダ・アジア』の各章要約(日本語)を掲載していきます。 作成:東京大学史料編纂所特定共同研究「 本所所蔵在外日本関係史料の多角的利用のための翻訳研究」(代表松方冬子 2022~2025年度)南欧語史料班(岡美穂子)