第7の時代 第3書第3章 アーディル・シャー領への攻撃と略奪、エチオピア皇帝改宗の失敗
イドルカンの沿岸でミゲル・ロドリゲス・コウチーニョが行ったこと、ジョアン・ペイショットが紅海遠征で経験した出来事、そしてスアケムに上陸してその王を殺害し人々を捕らえ宮殿を略奪したことについて
ミゲル・ロドリゲス・コウチーニョはゴアを出航すると、イドルカン領の海岸をダブールまで航行し、沿岸の町々に上陸して焼き討ちと略奪を行った。多くの住民を殺害・捕虜とし、ヤシ林を切り倒し、財産や船舶を焼き払って沿岸地域を荒廃させた。さらにメッカから来たイドルカンの大型船を捕捉し、激しい海戦の末に乗り込み戦で制圧してゴアへ曳航した。船には多くの財貨と金が積まれており、戦利品のうち王の取り分だけでも三万クルザード以上に達した。これによりイドルカンは大きな損害と屈辱を受け、ゴアへの攻撃準備を進めたため、総督フランシスコ・バレットは河川や要所を防備させた。
一方ジョアン・ペイショットは紅海入口を通過してアラビア沿岸を航行し、アビシニア側へ渡ってクアケム島へ夜間接近した。夜明け前に密かに上陸して宮殿を急襲し、寝込みを襲われた王を殺害した。宮殿では護衛や住民も殺され、多くの女性や人々が捕虜となり、宝物が略奪された。撤退後も沿岸の町を焼き払いながら進み、アルキコ港へ向かった。そこでエチオピア皇帝のもとから戻るイエズス会士ゴンサロ師を乗せ、1556年5月初めにゴアへ帰還した。師は皇帝との交渉の結果を総督に報告したが、宗教改革の成果は期待ほどではなく、多くの労苦に比して得るものは少なかったと受け止められた。
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