第7の時代 第3書第2章 カンバヤでの権益を巡る議論と難破者のコーチンへの奇跡的帰還
トリスタン・デ・パイヴァにカンバヤで起こった出来事、そしてペロ・ドス・バニョス礁に取り残された人々が小船を完成させてコーチンへ到着したことについて
トリスタン・デ・パイヴァはカンバヤへ到着したのち、陸路でアマダバードの宮廷へ向かい、豪華な供を伴って王に謁見した。彼は総督の書状と贈物を差し出し、ダマンの譲渡について交渉を始めた。長い協議の末、カンバヤ側はダマンの都市と要塞のみをポルトガル王に譲る用意があるが、その代わりディーウ税関収入の半分を要求すると答えた。パイヴァはこの条件をその場で受け入れず、王の使節をゴアへ送って総督と直接交渉させるよう提案した。使節シャイフ・エスタボリムがゴアへ来ると、総督フランシスコ・バレットはダマンだけでは利益が少ないとして提案を拒否し、交渉は進展しなかった。さらにディーウの司令官ドン・ディオゴ・デ・ノローニャは、税関収入を分ける案に強く反対し、ダマンは軍事行動で容易に奪えると主張したため、この交渉は中断された。
一方、ペロ・ドス・バニョス礁に取り残された船員たちは難破船の木材を使って小船を建造し、1556年3月末に完成させた。食料と水を積み込み、コーチンの聖母チンダリポに守護を誓って航海に出たところ、順風に恵まれて4月末にコーチンへ無事到着した。彼らは上陸後、聖母への感謝を示すため行列を作って教会へ向かい、多くの市民がその奇跡的な帰還を見守った。船は聖母への奉納として捧げられ、その財貨は回収された。
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