第7の時代 第2書第3章 ディウの現地統治者と在韓収入を独占するポルトガルの軋轢

ディーウ要塞司令官ドン・ディオゴ・デ・ノローニャとメリケ・シェケとの間で税関収入をめぐって交わされたやり取り、ならびにそこで起こった諸事件について


タルタカンがアビシンをディーウの領地から追放した後、地方の統治を任されたメリケ・シェケは、以前アビシンが得ていたようにディーウ税関収入の半分を要求した。しかし司令官ドン・ディオゴ・デ・ノローニャは、ディーウ島はすべてポルトガル王のものであり分配は認められないと拒否した。メリケ・シェケは賄賂や貿易妨害をほのめかして圧力をかけたが、ノローニャは屈せず、むしろ王に働きかけて対抗し、さらにメッカ船の交易を利用して報復を行った。ゴーガへ向かう裕福な商船をディーウへ回航させ、貨物を一度税関に収めて関税を徴収したうえで航行を許したため、ディーウ税関はこの年大きな収入を得た。やがて副王ドン・ペドロ・マスカレニャス死去とフランシスコ・バレット統治開始の報が届くと、ノローニャは当初自らが後継と考えていたため激しく失望したが、やがて祝砲を放ち、税関収入六万パルダオンをゴアへ送って新総督に忠誠を示した。


#Dio, #Gogá, #Cambaya, #Meca, #Amadabi, #Goa

 

このブログの人気の投稿

Decadas da Asia デジタルアーカイブ電子書籍について

ディオゴ・ド・コウトとは?

第4の時代 第1書第10章 コチンの政争とエチオピア使節の来訪