第7の時代 第1書第2章 マラバールにおけるキリスト教とカトリックの布教

マラバール地方の諸国にあるキリスト教共同体とその司教たちの簡略な記述、ならびにゴア大司教でありインド首座大司教であった聖アウグスチノ会士ドン・フライ・アレイショ・デ・メネゼスが、教皇クレメンス八世の命によってその教会を統治し、マル・アブラハム大司教の死後にそれをゴア大司教区の属司教区とし、さらに自ら巡察してカトリック教会の懐へと復帰させるまでに耐えた多くの困難、また彼が開催した教区会議において無数の誤謬と濫用を除いたこと、その他さまざまの事柄について


聖トマス使徒はマラバールに渡来し、多くの人々を改宗させて弟子を司教として残し、当地のキリスト教共同体を築いた。のち司教や聖職者が不足すると、信徒たちはバビロニアのネストリウス派総主教に援助を求め、その影響で教義や典礼に多くの誤りが入り込んだ。1597年にマル・アブラハムが死去すると、教皇クレメンス八世はゴア大司教アレイショ・デ・メネゼスにこの教会の統治を命じた。大司教は激しい抵抗や陰謀の危険に遭いながらもマラバールの諸教会を巡察し、聖職者と信徒を説得してローマ教会への服従に導いた。さらにディアンペルで教区会議を開催し、信仰告白、秘跡、典礼、聖職者規律、婚姻制度などを広く改革してネストリウス派の誤謬や濫用を除去した。会議の決定は各地で実施され、教会はゴア大司教区の管轄下に再編され、新たな司教のもとで秩序が整えられた。


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