第7の時代 第1書第12章 ポンダ遠征後のマスカレニャス副王の死去

ドン・ペドロ・マスカレニャス副王が死去したこと、ならびにその人物としての資質と性格について


ドン・ペドロ・マスカレニャスはポンダ遠征の疲労からゴア帰還後まもなく病床に伏し、1555年6月16日に死去した。高齢ながら最期まで冷静で、遺言を整え、秘跡を受け、真摯なカトリック信徒として死に臨んだ。死の直前には後継となるフランシスコ・バレットを呼び、取り残される家臣たちの世話を託した。本文はその経歴にも触れ、王太子家の家令長、ガレー船隊司令、ドイツやローマへの大使として重んじられたことを述べる。インドでは公正な司法を重んじ、空席官職を王の奉仕者へ実績に応じて与え、私臣を優遇しなかった。また訴えをよく聞き、負債や兵制、風俗、駐屯規定の是正にも努めた。統治期間は九か月と短かったが、廉直で敬虔な為政者として深い哀惜をもって葬られた。


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