第6の時代 第9書第2章 メッカ艦隊の司令権をめぐる決闘とナヤール軍に対する勝利
副王ドン・アフォンソ・デ・ノローニャがコーチンで行った諸施策、メッカ海峡へ派遣された艦隊をめぐりドン・ジェロニモ・デ・カステロ・ブランコと副王の子ドン・フェルナンド・デ・メネゼスの間に起きた争い、コーチン上町でポルトガル軍が八千のナイール・アモコスを破った大勝利、さらにジョルジェ・カブラルの帰国とその人物について。
副王アフォンソ・デ・ノローニャはコーチン到着後、オスマン艦隊の動きを警戒してメッカ海峡監視のため五隻の艦隊を派遣した。当初この任務はドン・ジェロニモ・デ・カステロ・ブランコに約束されていたが、副王の子フェルナンド・デ・メネゼスの働きかけによりルイス・フィゲイラへ与えられ、名誉を奪われたジェロニモは決闘を申し込み騒動となった。やがて仲裁で和解し、艦隊は出航した。やがてコーチンでは八千のナイール・アモコスが侵入して略奪を行ったため、ポルトガル軍約千五百が出撃し激戦の末これを撃破し、敵二千を討ち取る大勝利を得た。その後ジョルジェ・カブラルは帰国の途につき、長い航海の末リスボンへ到着した。彼は勇敢で公正、敬虔で私利を求めない人物として評価され、インド統治の中でも良き統治者の一人と称えられた。
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