第6の時代 第8書第4章 コーッテ王国の内紛とマラバールの紛争解決

総督ジョルジェ・カブラルがセイロンのカンディ王国に関する知らせを受け、ドン・ジョルジェ・デ・カストロを派遣したこと、またその後コーチンで行った措置と、マラバールでのバスティアン・デ・サの行動について。


総督ジョルジェ・カブラルがコーチンに滞在している間、セイロンのカンディ王国からフランシスコ会修道士を通じて知らせが届いた。王子カラレア・バンダルはキリスト教に改宗を望んでいたが、父王はこれを知って彼を殺そうとし、別の王子に王位を与えようとしていたため、王子は山地に逃れて抵抗していた。総督はこの知らせを重視し、ドン・ジョルジェ・デ・カストロに命じてまずコッテ王国の問題を解決した後、必要ならカンディ王国へ向かうよう指示した。1550年初め、この遠征艦隊は出航した。総督はその後コーチン王と協議し、カモリンと胡椒の王に対して海陸から戦争を行う計画を整え、海上防衛のため船団を残してゴアへ帰還した。一方、マラバール沿岸ではバスティアン・デ・サがカモリン領を攻撃し、村や船を襲撃して補給を断った。またカナラ沿岸のバルセロールでは年貢米の問題が起こったが、交渉の結果、毎年500俵の米をポルトガル側に納めることで合意が成立した。


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