第6の時代 第7書第9書 シャムの首都オディア包囲とペグー軍の敗退

シャムの都の様子について、またブラマー王がこれを攻撃しても何も成し遂げられなかったこと、さらにカマンベーの都へ向かったことについて。


シャム王国の首都オディアは大河メナオ沿いに栄える大都市で、周辺は村落・果樹園・寺院に満ち、増水期には広大な水郷となった。市街は水路と城壁、砲台で厳重に守られ、外国人居住区も分かれていた。ブラマー王はここを包囲し各所から砲撃したが、守備側には約50人のポルトガル人も加わり、要地を頑強に防衛したため攻略できなかった。王は賄賂で内応も図ったが拒まれ、ついに包囲を解いて、さらに下流の大都市カマンベーへ軍を進めた。そこでもディオゴ・ソアレス・デ・メロが攻城を担い、塹壕や砲撃、濠埋め、攻城塔など様々な攻撃が試みられたが、守備側は激しく抵抗し、悪臭を放つ汚物まで用いて攻撃を撃退した。結局、戦果の乏しいまま、ブラマー王は増水後に撤退した。


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