第6の時代 第7書第8章 ペグー王のシャム遠征とポルトガル人兵士

ペグーでディオゴ・ソアレス・デ・メロに起こった出来事、彼がその王に同行してシャム王に対する遠征に参加したこと、さらにその王の軍の状態・秩序と、シャムに到達するまでに起こったことについて。


ペグーの王(ブラマ王)は、シャム王が神聖視される白象を所有していることを知り、それを要求したが拒絶されたため遠征を決意した。1544年頃、大軍を率いてシャムを包囲し、最終的にシャム王は臣従し、王女と貢納を差し出すことで和平が成立した。しかし1548年、使者が殺されたためブラマ王は再び大遠征を準備した。一方シャム王も首都オディアを要塞化し、防備を固めた。ペグー王の軍は約150万の兵と4000頭の象を伴う巨大なもので、ディオゴ・ソアレス・デ・メロと約80人のポルトガル人も参加した。軍は各属国軍が分かれて進軍し、王の宿営には毎日豪華な仮宮殿が建てられた。行軍はマルタバン方面から進み、大河に橋を架けて渡河した後、山地を25日進んで峠に到達した。そこにはシャム軍約25000人が防壁を築いて守っていた。メロは砲兵を配置して攻撃し、激戦の末に防壁を突破させ、ペグー軍はシャム領内へ進軍してオディア城下に到達し、包囲戦の準備を整えた。


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