第6の時代 第7書第2章 ディウ司令官の殺害
ディウ要塞の司令官ルイス・ファルカンが殺害されたこと、そして国王がインドへ派遣した艦隊について。
ディウ要塞の司令官ルイス・ファルカンは、ある夜、自宅で椅子に座り幼い庶子を膝に抱いていたとき、要塞の堡塁へ通じる扉の外から銃で狙撃され、頭を撃ち抜かれて即死した。叫び声を聞いて人々が駆けつけたが犯人は分からず、要塞では協議のうえドン・アルトゥール・デ・カストロが臨時の司令官に選ばれた。事件後に調査が行われたものの手がかりは得られなかった。彼は総督に知らせるため船を送り、またバサインの司令官ドン・ジェロニモ・デ・メネゼスは混乱を恐れて兵を率いてディウへ赴いた。しかしアルトゥールは要塞の引き渡しを申し出たものの、ジェロニモはそれを辞退し到着予定のマルティン・コレイア・ダ・シルヴァを待つこととなった。一方ポルトガル国王はディウの勝利後もカンバヤとの戦争が続くことを憂慮し、インド防衛とキリスト教布教の拡大のため十一隻の艦隊を三隊に分けて派遣した。マヌエル・デ・メンドンサらが指揮し、艦隊はアフリカ沿岸の諸拠点を経てインドに到着した。またこの艦隊にはドミニコ会修道士も同行し、ゴアで修道院を創設した。
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